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オキナワは宮古島へと漂着し、あれよあれよと気付けば間もなく十年目に突入。台風銀座の△島から、「あれやこれや」 「なんやかんや」と勢いだけで地道に発信中!。
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2007年05月19日

イートゥー(200702号)カロリン諸島から

今年二発目の台風の発生です。
イートゥー(YUTU~ 民話のうさぎ:中国命名)。
なんとなくその民話が何かを調べて見ました。

最初のキーワードは命名国である「イートゥー」の中国読み、「玉兔」。
「玉兔」は月の別名とか!。
「月」と「ウサギ」といえば、日本流では「餅をつくウサギ」になりますが、
なんでも「兔」は「月光菩薩」の化身、月の象徴だそうな。して、「月光菩薩」は、薬師如来の右脇に侍する菩薩。左脇の日光菩薩と薬師三尊をなす。釈尊の前身のひとつ。。。っと、少し話がそれました(汗)。

「玉兔」と民話で見ていくと、

「てんきや」気象予報士のお天気コラムで発見!。
どうやら「嫦娥奔月」という中秋節の伝説のお話だそうです。。。

 [嫦娥奔月]のお話

 [嫦娥奔月]のお話(中国語ミニ雑学)

昔々のある年、空に太陽が10個現れ大地を照りつけ海水も干上がってしまい、 人々はとても苦しんでいました。そのとき、后い という強い若者が現れ、風のように崑崙山を 駆け上ると、頂上から弓をひいて空の9つの太陽を射ち落としたのです。  后いの素晴しい功績を人々は尊敬し、喜んで迎え入れました。あちらこちらから男達が 「ぜひ師匠に」と后いのもとに集まりました。 まもなく后いは美しく賢い娘、嫦娥と結婚しました。后いは仕事の時以外はずっと嫦娥と 一緒におり、人々からは羨ましがられるくらいの仲の良い夫婦でした。

  ある日、后いが崑崙山を通りかかったとき、仙人の王母娘娘に出会いました。王母娘娘は不老不死の薬をひと包、后いに授けました。しかし、后いは嫦娥を一人残していくことはできない、と家に持ち帰り、暫くこの薬を嫦娥に預けました。 嫦娥は大切にこの薬を化粧台の奥に隠して置きました。しかし、これを心の悪い弟子に見られてしまったのです。后いが狩りに出かけている隙をねらい、弟子は嫦娥の部屋に やってきて、不老不死の薬を渡すよう剣で迫りました。嫦娥は、抵抗しましたがとてもかなうわけがありません。 とっさのことでした。嫦娥はこの薬を一気に飲み込んだのです。すると、嫦娥の体はフワフワと浮かび上がり、天高く飛び立っていきました。

 夜になって后いが家に帰ると、侍女たちが昼間起こった出来事を泣きながら話しました。 怒りと悲しみに泣き叫びながら后いは、ふと夜空にうかぶ月を見ておどろきました。 なんとまん丸で明るい月に、愛する嫦娥そっくりの影が。 嫦娥もあまりに夫が気がかりで、人の世界から一番近い月の仙女になっていたのです。

 人々は嫦娥が月の仙女になってしまったことを知り、月の晩に彼女が大好きだった甘い お菓子や果物をお供えし、嫦娥を慰め、幸せを願ったのでした。 これが、現在の中秋節のお月見の始まりだそうです。


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