宮古島最高峰への登頂[完結編]

D介

2013年05月07日 12:03

山のない島、宮古島。古くは太平山(たいへいざん)などともいわれるほど、宮古島は山らしい山がない島です。そんな宮古島の最高峰への個人的な挑戦は、古く2007年頃まで遡ります(笑)。当時、島の人に一番高いところを聞くと、大抵が島のほぼ中央にあり、どこからでもほぼ見える野原岳(109メートル)と答えていました(当然、そんなものに興味はないので感覚で答えていたと思われる)。しかし、実際には野原岳ではなく、ナカオ嶺(114メートル)であることは2009年にまとめました。
「TOP OF THE MIYAKO」
この時、数次に渡って最高峰のナカオ嶺への登頂を目指して、最も簡単なはずの南東稜からアタックをかけるのですが、さすがは島の頂点に君臨する山だけに人を簡単には寄せ付けず、ことごとくそのチャレンジは失敗に終わっていました。

【最高峰西肩から北西を望む、眼下を横切るのは県道246号線】
ところが今年1月、某ガイドツアーの下見でたまたま高腰城址を訪れたら、今まで覆いかぶさるように茂りに茂っていた農道の草木が綺麗に刈り取られ、これまで一切の進入を拒み、過酷な藪こぎをしないと進入すら困難だった荒地が、見違えるほど広々とした広場へと変ぼうしていました(後に知るのですが、高腰城址の発掘調査があったため、伐採がされた模様)。
「TOP OF THE MIYAKO」の時の進入部の画像と比べると、印象がまるで違います。

【左】悲運の将・高腰按司の居城だった、難攻不落の高腰城の城址入口に並ぶ解説石碑群(相変わらず過剰設置が好きですねwww)。
【右】石碑脇の農道。こう広くなっていれば安心て車も入れますが、遺跡もあるのでUターンに難ありなので、ここからはそう遠くないので歩きがよいかと(また夏場になったら茂るのかな?)。

【左】これまでのアタックで、ひたすらに進入を拒んでいた屈強な藪が取り払われ、露岩さえ見えるまでに激変している。この手前にわずかながら城跡と思われる石垣が残っている。そして御嶽らしいき場所を超え、この広場の奥へ進むと・・・。
【右】ちょっと小休止。城址下(比嘉集落の外れ、野加那泉も近い)にある按司を祀ったと思われる高腰御嶽。そしてそこから見上げると、ナカオ嶺が横たわっている(左端の丘脈の肩部分が最高峰)。

そして見晴らしのよいナカオ嶺の北端に、ひっそりと夢にまで見た宮古島最高峰の三角点はありました。思わずはしゃいで駆け回り気味でしたが、実は絶壁のすぐ脇なので、足を滑らしたら一巻の終わりという危険な場所でもあります。
ほぼ自己満足の世界なのですが、苦節何年?難攻不落?の宮古島最高峰、ナカオ嶺(南東稜)にあっけなく登頂することがかないました(汗)。クライミング技術のある方に、ぜひ誰も挑んだことのないナカオ嶺北東壁を制覇して欲しいところです(笑)。
尚、ナカオ嶺は自然界における宮古島最高峰(いわゆるナチュラルな地面という意味)であり、人工物を含んだ宮古島最高所は別になります(尖塔アンテナを含めると、与並武岳配水池南方にある鉄塔の先端が最も高い位置にある構造物となる)。

[宮古島高所ランキング]
114.77メートル
与並武岳配水池(宮古島市城辺字西里添799番地3号)。点の記名は「西仲」(字名は西中ですが、記載名はこちら)。通称を憩恋岳(いこいだけ)と呼ぶ、憩いの森公園の展望台の隣にある配水池内の施設にある三角点。
尚、施設にあるタンクの頂上が、物理的な宮古島の最高所となります(水道施設内なので許可なく入ることも登ることも出来ませんが、少し前にたまたま施設のセキュリティを突破できる裏口を発見し、脚立さえ持ち込めれば登ることも可能という裏技を見つけてしまったが、悪事は出来ないので理論値に留めておく)。
また、麓の憩いの森公園内には、宮古エリアに三箇所しかない電子基準点があります(詳しくは「電子基準点950498」)。

113.03メートル
ナカオ嶺(宮古島市城辺字比嘉1521番地14号)。ナカオファームポンド北西にある高腰城址で、宮古島の自然界での最高峰なる山(といっても、アプローチによっては峻険さすらないただの荒地)。

112.14メートル
ンキャフス嶺(宮古島市城辺字砂川525番地140号)。wikiなどにもナカオ嶺とともに、最高峰のひとつとして書かれているが、実質の高さは明らかに低い(砂川小中校の裏手にある東山ファームポンドのところ)。

108.6メートル
野原(のばる)岳(宮古島市上野字野原小字鏡原1190番地190号)。現在のところ、日本最南端となる自衛隊の駐屯地がある山。嶺々にはレーダー施設が立ち並んでいるのでとても高さを感じる。

※以上の地点が、宮古島で標高が100メートルを越しているすべての地点(なはず)。
※標高数値は出来るだけ最近のものを使用した(点の記など)
※高腰城址調査日、2013年1月20日
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